# ブログ論 # 考え方

全ての人が努力して成長する必要はないけど、僕は努力するほうが好きだ。

全ての人が努力して成長する必要はないけど、僕は努力するほうが好きだ。

全ての人が努力して成長する必要はないけど、僕は努力するほうが好きだ。

今日はネットをさまよってて、管理職がマネジメントする上で仕事の成長をモチベーションとしては考えない方がいいよ、みたいな記事を見つけたのでそれをもとにして考えてみよう。

今回見つけたのはこの二つの記事である。

まぁ感想としては別に人生において仕事の成長が全てではないし、むしろを現代では私生活や趣味などに人生の価値観を置いてる人も多いだろう。しかしながら効率性を求める資本主義社会において常に成長し続けないと食っていけなくなる可能性もあるよなと思った。別に会社勤めをしているとこういう風に管理職に尻叩かれてるからダメとかそういうわけじゃなくて、フリーランスでも数が増えてきて同業種で自由競争になった時に能力が低い奴は食えなくなるとかそういう社会になっていく可能性高いよねと思った。新自由主義ってそういう社会概念なんで。

まあそれはそれとして、僕は仕事でも成長を目指したほうがモチベーションが高まって仕事しやすくなるなと思ってる。意識高い系なんでしょうね。仕事においても尻を叩かれながらいやいや仕事をするよりは、自分の意思でもって効率的に仕事を進める方法を考えたり、自分の能力を高めていったりなど そういう自分の成長をモチベーションとして仕事をやってると仕事自体が楽しくなる。まあ自分はそういうタイプなんですよ。

基本的にエンジニア系の人間というのは仕事を続けるためには一生勉強である。世の中の流れを定点観測して、新しい技術を見つけたら、それを実際に体を動かして実装してみたりするなどそういう基本的なことを続けるのが仕事の一部みたいなもんである。 別に成長するために努力してるというよりは、生きるためには勉強して努力し続けなければならないという面もある。

僕は努力は好きですけどね。僕の場合、持ってる価値観自体、真面目に頑張ってる人が好きだし、自分自身もそうありたいなと思って生活してたりする。まあだけど、その他人に強要するのは違うかなと思ってますけどね。

僕は努力したり勉強したりするのが好きな理由ってのは、以下のツイートみたいな感じだ。

努力したり勉強したりする理由ってなんだろうな?

自分の場合はそれで徐々にスコアが伸びていくのが楽しいからなんだけど、自分がそうだからと他人に強要する理由ではないよな。

— ゆきにー@雑文書き (@yuki_20211) 2020年2月13日

僕は努力が好きなのは毎日こつこつやってれば、徐々に生活が改善されたり、できなかったことができるようになったりするからだ。自分がブログを毎日更新したり筋トレしたりするのもそうなんですけど、毎日コツコツ努力をしてると「自己効力感」を感じるんですね。自分の人生を良くなる方向に向けて毎日ちょっとずつ改善している感覚、これが好きなんですよ。

まあやってる努力自体は自己満足的なもので、他人から大きく評価されるってほどのことでもない。別にブログの毎日更新にせよ、それほど多くの人に読まれてるブログというわけでもないので、完璧に自己満足のために毎日更新の日数を伸ばしてるだけである。まあ毎日書き慣れてきて割と自分でも気づかなかった言語化ができるようになってきたなみたいな感慨はありますけど。

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