# 日記 # 個人的なこと-仕事# 個人的なこと

昔に比べると今の方がずっとマシ。

昔に比べると今の方がずっとマシ。

昔に比べると今の方がずっとマシ。

会社の人間関係がクソな状態でストレスフルな状況が続く。もう、この会社で昇進しようとか周りから認められようという希望はないけど、それでもストレスは溜まるのである。

ほんとまー、僕は今後の人生の生き方としては「ダウンシフト」が大事だよなーと思ってる。転職しようかなーと思っていろんな求人を見てみたところ、今の職場以上の求人というのが見つからない。障がい者雇用で今より条件の良い職場を探そうとしても、ほとんど事務員とか清掃の仕事ばかりで、プログラマの仕事なんてものは限られているのである。

まぁ、可能性というのは捨てないほうがいいので、履歴書とか職務経歴書のブラッシュアップは欠かさないようにする。どうにも僕のように動けるタイプの障がい者だと障がい者雇用での転職を狙うよりは、フリーランスとして独立する路線を狙ったほうが良さそうだ。

なんでまぁ、無理なく独立ができる感じにするために、色々と副業を頑張ろうキャンペーンをやってるのである。副業と言っても、最近のスキマバイトのような時間を賃金に変える型の副業はやらないほうがいいだろうなーと思う。あれは即金でお金をもらえるけど、働くキャリアの蓄積という面では効率が悪い。

それよりはkindle書籍や有料アプリ開発などをして、後につながる不労所得になるストック資産を蓄積しようと思ってるのである。無論、そういうアプリとか書籍だけではなくて、投資信託などを使った投資活動も積極的にやろうかなーなどと考えている。月々の給料のうちの1割は今でも積立投資は続けているし、積立NISAやiDeCoも今ではそれなりに大きな資産になっている。

ここんところの考え方では、トマ・ピケティの言ってる「r > g」の法則をうまく利用すべきだよなーと思う。ピケティは現在の資本主義では、労働賃金の増加よりも投資による資産の増加のほうが早いと言っている。ならば、日々の労働で稼いだ金を効率よく投資で増やすというのは、現代社会でのクレバーで合理的な経済活動と言えるだろう。

投資できる資産をもっと増やすために、稼ぎの良い仕事に転職できるチャンスも虎視眈々と狙いはする。今の職場での僕の立場って割と最悪だしな。パワハラで潰されかけて、それで会社に改善しろと訴えてもパワハラした方の上司の意見を優先させてるしな。それにムカついて会社を飛び出すのは簡単ではあるが、次の日からの食う飯にも困る。

しかし、ま、こんな状態だけど僕の人生史を振り返ると「昔よりはマシ」なのである。ブラック企業に使い捨てられて統合失調症なんて病気を発症したりとか、閉鎖病棟に閉じ込められてリハビリのための精神科デイケアで将来の展望もないのに飼い殺しになりそうになったりなどと、聞いた人がドン引きするエピソードは事欠かない。

そういった過去のどん底を思い出してみたのなら、自発的な努力で状況を変えられる現在の状況は、「全然マシ」である。思考の巡りもそれなりにクレバーな感じで状況を読み取れているし、そこから具体的な問題解決や改善のプランが思いつく程度には思考も回っている。

現状の状態で満足をすると、将来的にはどんどん先細りだろう。何かしらのあと一段階のブレイクスルーは必要だなと感じている。でも、僕の人生の半生を振り返ってみたのなら、個人の努力でここまで回復して色々と成し遂げられてる。やってきた成果を見ても、特定の領域ではよく頑張っていると褒められる程度はやっている。

ま、僕もいろんな同病者のブログやらSNSを見てきて感じたことだけど、病気をやったとしても自尊心をちゃんと守るのは重要だよなと思う。「自分はまだやれる!」という意思の力があればそこから行動しようというモチベーションもあるが、「もうだめだ・・・」と座り込んでしまった人は周りから置いてきぼりにされるよね。

ひたすら冷静に今の現状と自分のやれることを観察して、どのパラメータにリソースを割り振ると自分の有利になるか考える。今の自分に求められているのはそういう行動だと思う。仕事の方でも、怒ったりとかごねても自分の有利にはならないので、今は耐えておく。こういうのでは僕は仏教の「諸行無常」だと思っており、永遠に今と同じ状況が続いていくとは思ってない。

状況というのは常に変わり続けている。永遠に続くラッキーもないが、ずっと続くどん底もない。僕の人生前半というのは地獄のようなどん底を見てきたので、これから先は上がるしかないなと思ってる。

ほんとまー、臥薪嘗胆というやつだ。40までは生きてみたが、逆境続きの人生でど根性だけは鍛えられたよな。徳川家康が遺訓で「人生とは重き荷物を背負い長き道を行くが如し」と言ってるが、あれはマジである。

僕に求められてる行動としては、きちんと現実を冷静にみて、そこで自分がやれることをきちんとやることである。無駄な自己憐憫とか怒りとかの感情はしっかりと飼い慣らしてコントロールする。どんな人間でも最後には死ぬ。死ぬ時に「それなりに面白い人生だった」と思える人生ならばそれは上々であろう。

あわせてよみたい