# ブログ論 # 考え方

きっと何者にもなれないお前たちに告げる。

きっと何者にもなれないお前たちに告げる。

きっと何者にもなれない人のための「生存戦略

なんか、フミコフミオ氏が炎上している。

なーんかな、僕はフミオ氏の事は好きだし、悪く言いたか無いんだけど、こんな意地の悪い露悪趣味なことを燃えやすいtwitterで言えば燃えるのは当たり前である。氏の持ち味というのはブラック企業での苦悩をユーモラスに笑い飛ばす自虐ネタだったんだけど、この台詞はブラック企業の上司が言いそうなことそのままなのだ。

僕もまぁ、そこそこいい年だし、若者みたいに夢見心地で自分探しをふらふらするような年では無いけど、自分ってのは探して見つかる物では無いというのは分かる。自分になろうとしてなれる物ではないし、気がついたらそういうものになってるという感じである。

中高年にもなって自分探しをしている大学生みたいな台詞を言うような奴は底が浅いのは分かるのだが、いちいち指摘して心を折ってマウンティング仕掛けるのも同じ穴の狢なのである。ああそうなんだ凄いねぐらいで済ませて他山の石にして自分を磨く材料にすりゃ良いのだ。こういうのは自分の内心だけに秘めておけばいいのに露悪的に晒すから嫌がられるのである。

なんだか今日はネコ師匠もよさげなこと言ってたからそこにつなげるかな。

期待するから裏切られる。前述したように自分なんて物は気がついたら出来上がってるもんであって、目標作って意識高くして努力して作るようなもんでも無かったりする。

四苦八苦から解き放たれるのが仏教の目的ではあるが、仏陀自体が修行の始まりでそれらの物を見てから気づいたということもあり、それらの苦痛を知らなければ悟れないってのもあるかもしれない。四苦八苦は下記だ。

根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし

生…生まれること。

老…老いていくこと。体力、気力など全てが衰退していき自由が利かなくなる。

病…様々な病気があり、痛みや苦しみに悩まされる。

死…死ぬことへの恐怖、その先の不安。

根本的な四つの苦に加え、

愛別離苦(あいべつりく)  … 愛する者と別離すること

怨憎会苦(おんぞうえく)  … 怨み憎んでいる者に会うこと

求不得苦(ぐふとくく)   … 求める物が得られないこと

五蘊盛苦(ごうんじょうく) … 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと

の四つの苦を合わせて八苦と呼ぶ。

そもそも現世を生きるということが修行みたいな物であり、カルマを無くして輪廻転生から解き放たれるのがゴールとか聞いたことがあるが、難しすぎてよく分からん。僕の仏教知識は精々、手塚治虫の「ブッダ」読んだぐらいなんで。

色即是空・空即是色。

あるようでなく、ないようである。

ありがたやありがたや。

今日の徒然

朝4時半に起きて、5時半ごろまで小説を書いていた。以前からずっと書いている東方Projectの2次創作の小説をいい加減終わらせないといけないなと思って、ちょっとずつ書き足してる。大体、火曜日と木曜日に朝4時に起きて一時間。休日にやる気があれば2~3時間。だけど、休日は平日の疲れから午前中は寝ているし、午後からどこかに外出したりして創作に使う時間が無い。

こんなことを考えていた。

1日1時間は小説を書く時間が欲しい。今は休日しか書かないから一本仕上げるのに一年ぐらい掛かる。

これでは書きたい作品が書けない。

— ゆきにー@雑文書き (@yuki_20211) February 21, 2019

実際まぁ、僕は毎日ブログを書くことを日課としているんだけど、これは本来、小説の勉強のために文章を書き慣れる訓練のために始めた習慣であった。だけど、現実としてはブログを書く習慣の方がメインとなり、小説はいつまでも書き進められない。プライオリティの設定を間違ってるのである。

僕はまぁ、小説家ワナビーなどとたまに名乗ったりしているけど、実際の所、そういう夢は冷めてて、宝くじに当たれば良いなーぐらいの感覚で小説ワナビーを名乗っているのである。昔は電撃大賞とかあのあたりに応募するためにオリジナルのプロットなんぞを組み立てて、実際に作品を書いたりしてたのである。途中で挫折したけど。

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