無駄な思考の垂れ流し(ジャーナリングの実践例)。

無駄な思考の垂れ流し(ジャーナリングの実践例)。
今日は宜野湾にある「エナジック天然温泉アロマ」でサウナに入ってきて整えてきた。このところ脳の調子の具合が極々よろしくない。
や、相変わらず思考がこんがらがってる感じであるけど、いい加減、ブログでそういうことばかりを書くのもなんとかしたい所なんだ。どうも思考を整理するためのジャーナリングとかはローカル環境だけで済ませて置くべきであり、それを全世界の人の前に恥を晒すのもいい加減にせんとならんのである。
相変わらずの悩めるオッサンなのだけど、どうにも小賢しいことばかりごちゃごちゃ考える癖というのは直したい所なんだよね。僕はどうにも内面の方では神経質で完璧主義者であるらしくて、自分の設定した悩みに縛られて、死ぬほど悩んで眠れなくなるとかそういうのがあり過ぎである。
もうちょっといい加減な物事にも慣れる癖をつけたほうがいいんだ。自分だって物事を完璧にできてる訳でもないのに、他人の瑣末な行動に振り回されてストレスを溜めるのはいい加減にしたほうがいい。「おおらかさ」とか「いい加減さ」というのを後天的に学んでも良いはずだ。どうも行動全般で、物事というのは完璧にできてないとならないという強迫観念があり、自分が設定した価値基準を1mmでもずれると自己批判を始めるので、その辺りでメンタルを病むのである。
こういうの、以前読んだ仏教の本では、何か悩んだときは「方法はある」とマントラみたいにして唱えるのがいいとのことであった。頭でごちゃごちゃと考えてもどうしようのならないことというのは世の中に多い。特に、他人の行動に対して自分の力でコントロールしようとすると、フラストレーションを溜めがちである。
物事というのはなるようになるもんだし、どうにもならなくなったらその時に考えれば良いのである。問題が発生する前から先のことを思考だけでモヤモヤと考え続けて、不安の感情に押しつぶされるほうがもっと問題である。「杞憂」という言葉があるが、空が落ちてくることを悩むようなことは完璧に無駄である。
物事には100%の成功とか失敗というのはないものだし、世界で起きてる多くの物事はグレーゾーンというか、はっきりと割り切れないことの方が多い。そういう状況の中で人々は自分なりの価値基準で喜んだり怒ったりしてるのであり、そういう感情の発露というのはエネルギーの無駄遣いも多い。
「感情を殺し切る」というのも、これはこれで問題だろう。人間の持ってる感情というのは、その物事が自分にとって良いものなのか悪いものなのか教えてくれる役割がある。自分にとっての不愉快な感情に気が付かないふりをするのが癖になると、いずれ自分の身の回りの環境が嫌なストレス源ばかりに囲まれてしまうという結果にもなりかねない。
僕はどうも自分がコントロールできない不確定要素というのを抱えるのが苦手であり、物事はONかOFFかを白黒はっきりさせておきたいと考える癖がある。これは認知行動療法でいうところの「白黒思考」であり、極端な結果ばかりを想像して消耗する。
また、「先の読みすぎ」というのも大概、問題だ。頭で考えてるばかりの人にはありがちであるが、現実で起きてる物事を見るのではなく、自分の脳裏に映ってる妄想ばかりに囚われてる状態だ。自分の考えてる妄想というのは、どれだけリアルで実際に価値がありそうに思えても、妄想は妄想でありなんの価値もない。
健全な人間の感情のあり方というのは、実際に起きた出来事に対して感じた気持ちをちゃんと受け止めて、それを自分なりに労わってあげたりとか認めてやったりとかそういう行動が必要だ。感情に対して批判的な反発をしていると、そのことにより思考が歪んでくることがあり、それで変な色眼鏡ができてしまい認知自体が歪んでしまうこともある。
自分が感じてる感情を否定したり歪めようとすると、自己欺瞞に陥りやすい。自己欺瞞は一番の問題だ。自分で自分自身に嘘をついてる状態であり、この状態が慢性化してしまうと最悪の場合は人生そのものが歪む。自分が本当は何を感じてるのかというのが分からなくなり、自分が嫌いなものに必死にしがみついてたりとか関係ないことまでやたらに攻撃的になりがちである。
今回、こうやって色々と御託を並べてるのは自分の思考を整理するためだけど、しばらくはこんな感じの投稿が続きそうだなぁ。どうも、感情的に整理しきれないことが発生しており、そこんところを内面で消化するために言語化するということをやってるのである。僕が悩むときは、こんな風に考えてることを言葉にしながらまとめていくことが多く、こうしてるうちに随分と気分が楽になる。
まぁ、今回の結論としては、「起きてもないことを頭でごちゃごちゃ考えても無駄!」とか「自分の感じてる感情をちゃんと受けれろ」というあたりでまとまる話ではないかと思う。それに色々と理屈をこねるから自己欺瞞が発生するのである。今回もブログを完璧に私物化したが、僕が色々と思考を整理するときはこんな風に書きながら考える。
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