# 小説・創作 # 個人的なこと-創作# 個人的なこと

承認欲求で駆動しながら創作するのは諸刃の剣である。

承認欲求で駆動しながら創作するのは諸刃の剣である。

承認欲求で駆動しながら創作するのは諸刃の剣である。

喉が痛い。なんじゃろなー、これはひょっとして例のあれか? 今日の夜から喉が痛いなーという感じになってきたのだけど、とりあえず明日、薬局で抗原検査キットを買ってきて確認してみる。沖縄でも連日3000人程度は感染者が出てるし、自分がやられるのも時間の問題であろうなという覚悟はしている。ただまぁ、うちの家には高齢者の母親がいるもんだから、母親が感染していると大事になりそうだな。ちょっと、明日は外出せずに自宅で小説でもゴリゴリと書いているとするよ。

さて、ここん所、小説執筆の話ばかりであり、なかなかにくどいかなー?と心配になってくる。 しかしまぁ、今日は第四話を発表した所なのでひとまずリンクを貼っておく。

自分なりに「百合とはなんだ?」という問いになんとか答えを見つけようと苦戦しつつ書いたシーンである。いや、僕の今まで書いてきた小説ってほとんど百合小説ばっかですけどね、うちの玲と真輝に関しては、なんかそういう恋愛感情とはまた別の所に立脚点を持たせてやりたいなと思ったんですね。なんか、百合は百合でもキャッキャうふふでくっ付いて終わりみたいな浅い心情描写で終わらせるんじゃなくて、なんかねちっこくてしつこくて、どろどろしたような言語化しにくい面倒臭い心情をぶち込んでやりたいなーとか考えちゃったんですね。

なんか、ここ最近の創作の個人研究で読んでる小説ってのは、他の人が書いてるガールズラブの小説ばっかりを読んでいるのだけど、一言に百合と言っても百花繚乱でいろんなパターンがあるようなのである。どう考えても男性目線で、エロチックな欲求を満たすために書かれたような小説みたいなもんもあったりするけど、そういうのはなんか「浅い」と思うんですよ。百合ってのはもっとたおやかで、心情的なつながりを重視したような心のあり方みたいなもんを描くもんじゃないかなーとか個人的には考えてるんですよ。僕が理想としてるのは仲谷鳰先生の「やがて君になる」みたいな女性作家が書いた百合のように、揺れ動く心情を丹念にねちっこく描写しまくる作品だったりするのですね。

どうにもそういう女性なりの心情の動きを描こうと思っても男の僕には無理があるのだが、なんとか想像しつつ類似系のやつをでっち上げられないかなーと思って小説を書いている。しかし、ここまでこのエントリーで書いてきた文章を読み返してみるとオタクの早口でなかなかにキショイ。ちょっと話題の方向転換を図るとする。

なんかさ、こういうツイートをした。

承認欲求を創作ちからに変えるにはどうしたら良いか?などのテーマで色々考えてる。

今日のブログのテーマはこれかも。

— ゆきにー@雑文書き (@yuki_20211) 2022年8月27日

「創作ちから」と書いてるけど別に誤植ではない。尊敬している同人作家が使ってる言葉なのだけど、小説・イラスト・その他みたいな創作全般をごっちゃまぜにして創作している人が何かを作りてーみたいなモチベーションになる事全般を指して創作ちからという。

この創作ちからの補給路としては、推しが出てる作品を摂取したりとかそんな感じでエネルギー補充するのが常道であるがそれだけではない。いい作品を作り上げてSNSでチヤホヤされたいとか、仮想敵に想定しているライバルよりももっと優れた作品を作りてー、みたいな一見すると負のエネルギーの方からも補給する事ができる。むしろ、人によっては承認欲求でドライブしまくってすごい勢いで作品を作っちゃうようなタイプも存在する。

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