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いずれは理想の作品を書きたいから創作をやっている。

いずれは理想の作品を書きたいから創作をやっている。

いずれは理想の作品を書きたいから創作をやっている。

今日はのんびりと自宅で休息をするつもりだったけど、洗車に思ったよりもエネルギーを使いすぎて疲れ果てちゃった・・・。絶対に週休二日って休みが少なすぎだよね。1週間の疲れを癒すためには休日3日ぐらいはいるわ。

どうしよっかなーという感じ。できれば今日は夜は個人開発もやりたかったのだけど、エネルギーがすでにない状態であり、これから無理をし始めるとまたメンタルを拗らせる。夜は適当に読書でもしてさっさと今日は寝てしまうとするか。

そういや最近は「ダンダダン」を見始めた。いやフツーに面白いっすね、アレ。僕はそこまでコアにアニメを見るわけではないけど、ネトフリなんかで晩飯を食いながらダラダラと一つのシリーズを追ったりする。

ちょっと「イカゲーム」でも観ようかなとも考えたんだけど、あれはデスゲームものだしな。どうも、あんまり残酷な描写のある作品は好みではない。残酷なシーンが頭に刻み込まれてしまい、しばらく悪夢をみたりとかすることがある。

「ダンダダン」の前は「銀河英雄伝説」のリブート版を最新の4クールまでみたりもした。確かにあの作品はすごく考えさせられる作品だった。むしろ、民主主義が危機的な状態である現在とかなりリンクしてタイムリーな作品だなーと思った。衆愚政治に陥った民主主義と理想的な君主が治める独裁制はどちらがいいのかー? という作品全体の問いは今だからこそ響くよね。

色々とコンテンツも摂取したいよなー。僕は小説も書くので、いろんな良質の作品は浴びるように摂取しないといけない。ネットを適当に彷徨っていたらこれが良いらしいという噂は聞くので、それの中で好みそうな作品については見るようにしてる。

ちょっと個人的な趣味に関してはスケジュールがおしてるよね。1月いっぱいで個人開発のアプリのビルドができるようにしてしまい、玲と真輝の一作目の「ナナシノユウレイ」をリライトしようと思ってたのだけど、1月最後の週末になってもビルドができてない。

さっさとアプリのビルド環境の構築は終わらせてしまい、小説執筆のプロジェクトに戻ろうと思う。しばらくは個人的な趣味のプロジェクトは小説執筆を最優先でやろうかなと思うんだよね。自分にとって意外だったんだけど、Amazon個人出版で「オンミョウデザイア」を出すと案外手応えがあったので、玲と真輝のシリーズを完結させるぐらいのところまでは小説出版に注力しようかなーと。

実のところ、玲と真輝のシリーズがどんな風な終わり方をするかまでは、青写真は僕の頭の中にできてるんだよね。でも、その間の結末までに繋げるシーンが思いつかない。むしろ、小説執筆で壁になるところは一般的にそちらの方が比率が大きい。

小説を実際に執筆してる段階で、描き出したいキャラクターとかシチュエイションは頭の中でもりもり展開されてるけど、執筆してる作品の方が追いつかない! というのはよくある。僕はその壁によくぶち当たっており、頭の中ではすごい魅力的なキャラクターであるとか作品の展開が思いついてるのである。でも、実際に作品にしてみると「コレじゃない」となることがよくあるのだ。

作品を作る前段階で妄想してた理想のイメージを、100%完璧に作品に抽出するのはプロでもできるだろうか? 僕がイラストや小説執筆の趣味をやってるのは、こういう自分の理想のイメージを作品として固定化して、後から自分が読み返してニヤニヤする用の作品を書くためである。

無論、その過程で読んでくれた読者から感想をもらうと無茶苦茶嬉しい。小説執筆の趣味ってかなり孤独なところがあるからね。この書いた作品が、他人から見てどうしようもない独りよがりな妄想だったらどうしようという恐れもある。見栄を張るわけではないけど、やっぱ一般的に見てもクオリティの高い作品を書けた方が趣味をやるとしても楽しいだろう。

でも、究極的なことを言うのであれば、僕が創作をやるのは自分の頭の中にある理想を現実化するためにやってることなんだよね。僕が絵を描いたり文章を書いたりするのは、自分の思考を具現化してその本当の姿をはっきりさせるためである。どうも、ちゃんと作品として物語を描いてみないと、自分が考えてることの本当の姿が見えてこないんだよね。

また、本当に個人的な妄想のイメージを描きだしても、それは別に美しくないんだよね。そこに描き出される質感に普遍的な美的感覚を織り交ぜることが芸術かなと思ってる。普遍的な「美」とか「真理」の概念を個人的なイメージと掛け合わせることで、自分で読んでも感動するような素晴らしい作品ができるんじゃないかと思う。

結論を言うのなら、僕が創作をやる理由としては、自分の中にある理想を追い求める行為なのかもしれないな。世の中のプロが書いている小説であるとか、流行ってるアニメの中にも素晴らしいと思うイメージがあったりする。僕が持ってる個人的なイメージというのも、それらと比較しても見劣りするものではないと思うんだよね。問題としては、技量が実際にプロの作品ほどには完成されておらず、「まだまだだな」とがっかりするばかりである。

玲と真輝のシリーズを書くのでもそうであるが、一度はちゃんと自分の想像した世界観をしっかりと最後まで描き出してみたい。やってみて、そこに得られたフィードバックで次の打ち手も思いつくだろう。いずれは自分の理想の作品を書いてみたいと思いもするが、こういうのって死ぬまでやっても辿り着くか分からんな。

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