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「めんどくさがりなきみのための文章教室」(はやみねかおる著)を読了した。

「めんどくさがりなきみのための文章教室」(はやみねかおる著)を読了した。

「めんどくさがりなきみのための文章教室」(はやみねかおる著)を読了した。

最近の自分の興味は小説をどのように書くか?なので、文章読本なんかも読んでいる。今回は「めんどくさがりなきみのための文章教室」(はやみねかおる著)を読了したので、ここ最近の創作の近況と、本の感想でも書いておこうと思う。

繰り返すようだけど、最近の僕の私生活の目標は「仕事」「ブログ」「小説執筆」。ここ最近のブログでも小説執筆が上手くいかないと喚いている記事が多かった。

こんな風にブログで喚きつつ、執筆途中の小説は1万字程度は書けたのだけど、自分で書いた作品を読んでみると、「これは文章ではあるけど小説ではない」って感じ。ぜんっぜん文章に感情が込められてない。

何とか作品を完結させないと次の作品に移れない。今回読んだ「めんどくさがりな~」の中でも、小説を未完で終わらせ続けると癖になって作品を完成させられないとあった。

書きかけの物語を、未完のまま放り出すと、癖になる。

何がなんでも、書き上げる習慣を身に付けよう。

それでも書けなくなったら「いろいろあって、みんな幸せに暮らしました」という魔法の文をつけて、終わらせよう。

で、まぁ、アウトライナーを使って、ひたすら細かくシーンごとのプロットを組み立てて、そのままアウトライナーで本文まで書いてしまうやり方を試してみようかななどと考えた。しかし、こういう小手先の小技を使って逃げた所で、作品を仕上げるためには頭から尻尾まで全部一文字一文字文章を刻まないといけないわけで、最初から最後までのシーンを想像する事が出来ないのなら仕上げる事ができねぇよ。

この本を読んでいて思ったことは、小説を仕上げるためには、キャラクター造形とプロットを徹底的に練り上げないといけないのだと思った。今は書いていて全然面白くないんだけど、キャラクターが生きてないんだと思う。だから、小説ではなくて単なる文章なんだ。そのキャラクターの生き様を隅々まで想像できてないと、想定している場面で何を話すのか分からない。今は単なる手なりで文章書いているだけで、文字数稼ぎで文字を埋めてるだけ。だから、日々のノルマとして文字数決めて小説を書くのをやめた。

最近思うんだけど、僕は感性が死んでる。

自分は感性が死んでるんじゃないか?って気がする。小説とか読んでも感動が薄いし、アニメとかのコンテンツでも何が良いのか良く分からない。いろんなコンテンツに触れる必要がありそう。

今日はカクヨムで小説でも読んで、感想でも書こうかな。

— ゆきにー@雑文書き (@yuki_20211) 2020年8月18日

これがよー、致命傷だと思うんだよ。本はなんとなく惰性で読んでいるけど、何かに感動するよりもお役立ち情報を求めてしまう自分が居る。相当、自己啓発とか効率性に毒されてる。物語を読んでいても、これがどんな風にウケるように書かれているのか?とかそんな構造とかそんな所に着目してしまって、純粋に物語で感動する事ができない。これは文章読本ばっか読んできた弊害だよ。前にドラマツルギーばっか語るワナビは面白いの書けないと揶揄したことあるけど、あれは自分の体験から言ってる事なのよ。

この点、嫁さんがすごいと思う。

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