AIを子供の相談相手にするのは是か否か?

AIを子供の相談相手にするのは是か否か?
今日も今日とてブログを綴る。いつも通り、通勤時間の車の中で音声入力で喋り倒してお届け。昨日は、普段通り仕事して、夜には転職活動のためにGreenを徘徊して、その後家事をやり湯船にエクストラクールのバブをぶち込んで風呂に入り寝るだけ。特に変わったこともなく、長々と見ていたZガンダム全50話がそろそろ終わる頃かなと思っている。Greenについては間抜けなことなのだが、今までスカウトメールをOFFにしてたらしく、ONにしたら求人エージェントから大量のメールが届いた。そんなに自分に人材としての魅力がないのかと拗ねていたが、営業メールでも自尊心には少しの薬になるらしい。
さて、最近気になったのは、巨人軍の阿部慎之助監督が、長女との喧嘩が原因でその結果、監督が電撃辞任する事件があった。18歳の長女が監督に暴力を受けたことをチャッピーに相談したら「児相に相談しろ」と言われ、その結果警察が動いたという事件だ。この件については、ネットの意見では「AIがすぐに通報するのはどうなのか」という意見があるらしいけど、僕としては、「別に暴力とか自殺とかのAIガードレールはこれぐらいで十分だろ」と思う。
それこそ家庭内暴力とかは今回は阿部監督のことで、こういうお気持ち表明が溢れてるけど、個別の事案では子供が散々我慢して殺されるような事案もある。何か、問題があるんであれば、教師とか他の大人でもまずは児相に相談してみようとか考えるはずだ。これがAIが判断するのと人間の大人が判断するのが何が違いがあるんだろう?
家庭内暴力の個別の相談事案については、警察とか児相とかの相談窓口が考えて対応する判断が重みが増す。で、今回の阿部監督の事案についても、児相は「警察に通報するべき」と考えた。実際の暴力の現場がどんなもんだったのか、というのはマスコミもSNSのヤジ集団もわからんのに、AIがすぐに通報するのが悪いという結論に飛びつくのは、まだ議論が足りんよなーと思う。
まー、AIを相談相手にすることについても考えさせられる。僕自身もAIに相談することがあるけれど、心理的に依存するというよりは、自分の中の情報の壁打ちのために使っている。AIは自分の意見に対してコーチングをしてくれる鏡のようなもので、心理的に依存するのはあまり良くない。AIを使うにしても、どれぐらい信用するかの程度や加減は人間側が判断しなければならない。最近の10代とか20代はAIの意見を盲信することもあるというけど、それは普通に危険だよなーと思う。
AIの回答はtransformerでも確率で動いていて、プログラマー自身がその中身を完全に理解しているわけではない。これは、現代医学でも脳の部品とか配置は細かくCTスキャンとかでわかるけど、その画像では意識がどう動くかわからないのに似ている。だからまー、AIの解答というのは確率論的に可能性が高い答えをもっともらしく答えてるだけで、それが真実ではないということは理解してた方がいい。
こういう子供がAIを使って色々とやることについてはさ、やっぱ家庭とか学校とかでの教育で、意思決定とかリテラシーの教育をはっきりとやらんとならんと思うのよ。それに、親がAIと子供のやりとりをある程度把握できるような、家庭のやり取りというのは(気に食わんけど)やっといた方がいいねーと思う。
これからの時代、AIの発達により、何が本当で何が本当でないのか意思決定が重要な時代が来る。社会はますます分断するだろうし、陰謀論も加速するだろう。そういうところで、僕はまぁ子供の頃からの教育みたいな社会の基礎体力って大事ねということを言って、結論に変えたい。
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